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京都地方裁判所 昭和58年(ワ)1922号 判決 1985年3月27日

原告(反訴被告)

矢納一男

被告(反訴原告)

京都佐川急便株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは原告に対し各自金二〇〇万四七〇五円及びこれに対する昭和五七年一一月一九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求及び被告京都佐川急便株式会社の反訴請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は本訴反訴を通じてこれを五分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴について

(一)  請求の趣旨

1 被告らは原告に対し各自金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年一一月一九日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行宣言

(二)  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

二  反訴について

(一)  請求の趣旨

1 原告は被告京都佐川急便株式会社に対し金一九七万八六八四円及びこれに対する本件反訴状送達の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 第一項につき仮執行宣言

(二)  請求の趣旨に対する答弁

1 被告京都佐川急便株式会社の反訴請求を棄却する。

2 訴訟費用は同被告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴について

(一)  請求原因

1 事故の発生(以下本件事故という)

(1) 日時 昭和五七年一一月一八日午後三時二五分頃

(2) 場所 京都市中京区堺町通姉小路下る大阪材木町六八三番地先道路上(堺町通)

(3) 態様 原告が自転車で堺町通をゆつくり北進中、突然西側家屋より五〇センチ四方程度の荷物を抱えた被告薬師川が道路に飛び出し原告運転の自転車に衝突して原告を道路上に転倒せしめた。

2 責任原因

(1) 被告薬師川

被告薬師川は堺町通を横断するに際し、道路の左右の安全を確認すべき注意義務があるのに、これを怠り、手に大きな荷物を抱えたまま、右方の安全を確認せず、漫然と向い側に停車中のトラツクまで渡ろうとした過失により、本件事故を発生せしめたものであるから、民法七〇九条による責任を負う。

(2) 被告京都佐川急便株式会社(以下被告会社という)

被告会社は被告薬師川を雇用するものであるところ、被告薬師川が被告会社の業務に従事中本件事故を発生せしめたものであるから、民法七一五条による責任を負う。

3 損害

(1) 傷害及び後遺症

<1> 傷病名 右脛骨腓骨骨折(膝関節内に及ぶもの)、右膝関節内出血

<2> 後遺症状

自覚症状 右下肢の疼痛、歩行障害、起立時や用便時などの運動痛、長時間の歩行不能、右下腿浮腫、知覚異常、鈍麻、その他装具なしで歩行できない。

他覚症状 (イ)脚長差約二・五センチメートル(右下肢長八六・五センチメートル、左下肢長八八センチメートル)、(ロ)外反膝(約二〇度外反)、(ハ)動揺膝(右)、(ニ)筋萎縮、大腿周囲経約三・五センチメートル差

<3> 入通院期間(京都四条大宮病院)

入院 昭和五七年一一月一八日から昭和五八年七月一五日まで

通院 昭和五八年七月一六日から昭和五八年九月一七日まで

(2) 損害額

<1> 治療費 一九七万八六八四円

<2> 入院付添費 八四万円

<3> 入院雑費 二四万円

<4> 逸失利益 七一五万円

(イ) 休業損害 一六五万円

原告は本件事故当時自転車屋を経営し、一か月少なくとも一五万円の収入を得ていたが、受傷のため一一か月に亘りその全てを失つた。

(ロ) 後遺症による逸失利益 五六〇万円

本件事故を便宜自賠責の後遺障害別等級表でみると原告は少なくとも九級には相当する後遺障害を残し、今後少なくとも四〇%の労働能力の喪失を一〇年間に亘り来すことは確実であるから、これを基礎に算出すると本件事故当時の逸失利益の価格は五六〇万円を下らない。

<5> 慰謝料 六〇〇万円

<6> 損害の填補

原告は被告会社より本件事故につき治療費一九七万八六八四円の支払を受けた。

4 よつて原告は被告ら各自に対し右損害残額一四二二三万円(原告の主張には一九八三万円とあるが誤記と解される)の内金一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五七年一一月一九日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  請求原因に対する認否

請求原因1のうち(1)(2)の事実は認め、(3)の事実は否認する。

同2(1)の事実は否認する。

被告薬師川が得意先の京伸より荷物一個を集荷したうえ、玄関口から右足を一歩踏み出して左右道路の安全を確認しているところに、自転車に乗つた原告が前方を注視せずに同被告に接触して来て転倒したものであるから、同被告には本件事故につき何ら過失がない。

同2(2)の事実は認め、責任があるとの主張は争う。

同3(1)の事実は不知。

原告は、本件事故前の昭和五五年五月七日四条大宮の交差点で原動機付自転車に乗車中、望月清司運転の自動車と衝突する事故を起し、右脛骨・腓骨関放性複雑骨折、右下腿の広範な挫創の傷害を負い、このため同日から昭和五七年一月六日まで入院治療を、翌一月七日から同年七月三一日まで通院治療を受け、下腿三分の一の変形治癒、腓骨・脛骨の変形癒合(ネジ二本、ワイヤー一本内固定中)、右足関節の関節可動域の健側二分の一以下、右下腿・右大腿周囲経の左に比べ減少(筋萎縮)等の後遺障害を残し、これにつき自賠責保険上後遺障害別等級表九級の認定を受けていたところ、本件事故による受傷は原告の右のような特別な体質ないし被害者側の特別事情によるものであるから、その全損害を被告らに負担させるべきでない。

同3(2)のうち<1><6>の事実は認め、その余の事実は不知あるいは否認する。

(三)  抗弁

仮に被告らに責任があるとしても、原告は、従前の事故による右足関節の拘縮等の後遺障害のため正常な自転車運転ができなかつたうえ、本件事故発生につき前記のとおり前方不注視の過失があつたのであるから、これを損害額の算定に当つて斟酌すべきである。

(四)  抗弁に対する認否

否認する。

二  反訴について

(一)  請求原因

1 本件事故は、被告会社の従業員である被告薬師川が、得意先の京伸より小荷物一個を集荷し、玄関口より一歩出たところ、自転車に乗つた原告が衝突して来たもので、被告らには、何ら責任のないものである。

2 被告会社は、本件事故による原告の治療費につき、京都四条大宮病院に対し一九七万八六八四円を立替払している。

3 よつて、被告会社は原告に対し事務管理による費用償還請求権に基づき一九七万八六八四円及びこれに対する本件反訴状送達の日の翌日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  請求原因に対する認否及び主張

請求原因1のうち原告が衝突して来たとの点を否認し、その余の事実は概ね認める。

同2の事実のうち被告会社主張のように金員の支払がなされたことは認める。

右金員は原告と被告会社間に昭和五七年一一月下旬頃本件事故に関する原告の治療費につき全額を被告会社が負担して支払う旨の合意が成立し、被告会社がこれに基づき支払つたものである。

第三証拠

証拠関係は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

理由

一  本訴について

(一)  本件事故の発生及び責任について

請求原因1(1)(2)の事実は当事者間に争いがなく、右事実と成立に争いのない乙第一、第二二号証(乙第一号証は原本の存在も争いがない)、被告ら主張の写真であることに争いのない検乙第一ないし第三号証、原告及び被告薬師川各本人尋問の結果(但し乙第一、第二二号証の記載及び被告薬師川の供述中後記措信しない部分を除く)によると、本件事故現場は商店と住宅の混在する市街地を南北に通ずる幅員約六・五五メートル(但し西側端より約一・二メートルの間は路側帯)の通称堺町通の道路西側の呉服屋「京伸」前路上であること、右現場付近は南方一方通行(但し自転車を除く)で直線の見通しの良い道路からなること、原告は、本件事故当時、堺町通を自転車に乗つて南方から北方に向かい時速一〇キロメートル程度の速度で路側帯のやや東側付近路上を進行し本件事故現場に差しかかつた際、自車進路約三メートル左前方の京伸の玄関前に被告薬師川を認めたが、堺町通を南進して来る自動車に気をとられ、同被告に目を配ることなく同一進路をそのまま直進したところ、京伸から道路上に出て来た同被告に自車を衝突させ、右足で支えようとしたものの右側方に転倒したこと、一方、被告薬師川は、本件事故当時、自己運転の貨物自動車を京伸前の東側端路上に停車した後、配送を依頼されていた京伸の建物内に入り小荷物を預かつたうえ、京伸の玄関口から右自動車に帰るため荷物を左脇に抱え道路を横断するに際し、左側方を確認したのみで右側方を十分確認しないで道路上に飛び出した瞬間、右のように原告運転の自転車と衝突し路上に原告を転倒させたことが認められ、乙第一、第二二号証及び被告薬師川本人尋問の結果中右認定に抵触する部分は直ちに措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、被告薬師川は左右道路の安全を十分確認して道路を横断すべき注意義務があるのに、これを怠り、道路右側方の安全を十分注視しないまま漫然と道路に飛び出した過失があるから、民法七〇九条に基づき本件事故により原告が被つた損害を賠償すべき責任がある。

被告会社は、被告薬師川を雇用し、同被告が被告会社の業務執行中本件事故を発生させたものであることは当事者間に争いがないから、民法七一五条に基づき本件事故により原告が被つた損害を賠償すべき責任がある。

(二)  損害について

1  傷害及び後遺障害

成立に争いのない甲第一、第二号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故により右脛骨腓骨々折(膝関節内に及ぶ)、右膝関節内血腫の傷害を負い、このため京都四条大宮病院に昭和五七年一一月一八日から昭和五八年七月一五日まで二四〇日間入院し、翌七月一六日から同年九月一七日まで通院して(内実治療日数一五日)治療を受けたこと、その結果原告は、自覚症状として右下肢の疼痛、歩行障害、起立時や用便時などの運動痛、長時間の歩行不能、右下腿浮腫、知覚異常鈍麻、装具なしでの歩行不能等が、他覚症状として脚長差約二・五センチメートル(右下肢長八六・五センチメートル、左下肢長八八センチメートル)、外反膝(約二〇度外反)、動揺膝(右)、筋萎縮(大腿周囲径約三・五センチメートル差)、骨折部・下腿骨変形治癒がある後遺障害を残し、右症状は同年九月一七日固定したことが認められる。

もつとも原本の存在とその成立に争いのない乙第三ないし第一一号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故より前の昭和五五年五月七日原動機付自転車を運転して交差点を直進中、対向右折して来た望月清司運転の自動車と衝突した交通事故により右脛骨・腓骨開放性複雑骨折、右下腿の広範囲の挫創等の傷害を負い、京都四条大宮病院に同年五月七日から昭和五七年一月六日まで入院し、翌一月七日から昭和五七年七月三一日まで通院して(内実治療日数一六一日)治療を受けたが、同日自覚症状として右足・右下腿部の運動障害、軽度の跛行が、他覚症状として右下腿三分の一の変形治癒、腓骨・脛骨の変形癒合(ネジ二本、ワイヤー一本内固定中)、右足関節の関節可動域の健側二分の一以下、右下腿・右大腿周囲径の左に比べ減少(筋萎縮、大腿周囲径右三八センチメートル・左四一センチメートル、下腿周囲径右三一センチメートル・左三一・五センチメートル)がある後遺障害を残したことが認められるところ、右認定の従前の事故の後遺障害の内容程度、前記認定の本件事故による傷害・後遺障害の内容程度及び本件事故の態様等に鑑みると、原告は従前の事故の結果帯有するに至つた体質ないし持病を基礎とし、これに本件事故による右下腿部への衝撃が直接の契機となつて、相乗的に作用し右下腿部等の損傷が誘発ないし増大されたものと推認され、調査嘱託の回答書をもつても右推認を覆えすことはできず、他に右推認を左右するに足りる証拠はない。

このように傷害が従前の事故の結果被害者自身が帯有するに至つた体質ないし持病を基礎とし、事故が契機となつて発生した場合、損害の公平な分担という見地から傷害による損害の全部を本件事故による損害とすべきではなく、傷害に対する双方の寄与の程度を勘案して事故の寄与している限度において相当因果関係が存するものとして、その限度で本件事故の加害者に賠償させるのが相当である。この見地に立脚して本件をみると、以上認定の諸事情に照らし、原告の全損害のうち六割の限度で本件事故と相当因果関係を肯定するのが相当である。

2  損害額

(1) 治療費

原告が本件事故による受傷のため治療費として一九七万八六八四円を要したことは当事者間に争いがない。

(2) 入院付添費

前掲甲第二号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故による受傷のため昭和五七年一一月一八日から昭和五八年三月三一日まで一三四日間付添看護を要し、原告の妻が付添つたことが認められるところ、その間入院付添費として少なくとも一日当たり三〇〇〇円の支出を要したことが容易に推認されるので、原告は入院付添費合計四〇万二〇〇〇円の損害を被つたことが認められる。

(3) 入院雑費

前記認定のとおり原告は本件事故による受傷のため二四〇日間入院しているところ、その間入院雑費として少なくとも一日当たり七〇〇円の支出を要したことが容易に推認されるので、原告は入院雑費合計一六万八〇〇〇円の損害を被つたことが認められる。

(4) 逸失利益

<1> 休業損害

原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三号証、右尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告は、大正九年一月二七日生れの本件事故当時満六二歳の男性であつたが、昭和二一年頃より自転車、バイク等の販売修理業を営み、少なくとも月一五万円程度の収入を得ていたところ、従前の事故により稼働できなくなり、昭和五七年八月頃より営業を再開したが、本件事故による受傷のため再び本件事故当日より症状固定日の昭和五八年九月一七日まで休業を余儀なくされ収入を得れなかつたことが認められる。

右事実によると原告は次のとおり得べかり利益一五〇万円を得ることができず、同額の損害を被つたことが認められる。

(算式)

昭和57年11月同年12月より昭和58年8月 昭和58年9月

15万×13/30+15万×9+15万×17/30=150万

<2> 後遺症による損害

前記認定の後遺症の内容程度等によると原告はその労働能力の四〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。そして原告本人尋問の結果によると原告は症状固定日当時満六三歳であつたことが認められるところ、本件事故にあわなければ七〇歳まで七年間少なくとも前記金額程度(月一五万円)の収入を得続けることができたものと推認されるので、同額を基礎として前記労働能力喪失割合を乗じ、同額から新ホフマン方式により中間利息を控除して右七年間の逸失利益の本件事故当時の価格を求めると、その金額は四二二万九二八〇円となる。

(算式)

15万×12×0.4×5.874=422万9280

(5) 慰謝料

前記認定の本件事故の態様、傷害の部位程度、入通院期間、後遺症の内容程度等に鑑みると、本件事故により原告の被つた精神的苦痛に対する慰謝料は五〇〇万円と認めるのが相当である。

(6) 割合的控除

前記損害合計額一三二七万七九六四円から前記寄与度減額(四割控除)をして算出すると、原告の求め得べき損害額は七九六万六七七八円(一円未満切捨)となる。

(7) 過失相殺

調査嘱託の回答書によると、原告は従前の事故による右足関節の拘縮のため自転車のペダルを踏む力に左右差を生じる可能性はあつたものの自転車の運転自体は可能であつたことが認められるから、原告が本件事故当時自転車を運転していたこと自体に過失があつたものとはいい難い。

しかし前記認定の事実によると原告にも本件事故発生につき左前方に被告薬師川を認めたのであるから、同被告の動静を十分注視して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、同被告の動静を十分注視することなく漫然と進行した過失があつたものというべきである。

そして、その他本件事故の態様等を考慮すると、原告の前記損害額からその五割を減額するのが相当であるから、過失相殺すると被告らの負うべき賠償額は三九八万三三八九円となる。

(8) 損害の填補

原告が被告会社から本件事故につき一九七万八六八四円の支払を受けていることは当事者間に争いがないから、原告の前記損害額に充当するとその残額は二〇〇万四七〇五円となる。

二  反訴について

被告会社が原告の本件事故による治療費一九七万八六八四円を京都四条大宮病院に支払つていることは原告と被告会社間に争いがないが、前記認定のとおり被告会社に本件事故につき原告の被つた損害を賠償すべき義務があることは明らかであり、右金員は原告に対する損害賠償として支払われたものと認められるから、被告会社の事務管理に基づく反訴請求は理由がない。

三  よつて原告の本訴請求は被告ら各自に対し二〇〇万四七〇五円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五七年一一月一九日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告のその余の請求及び被告会社の反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小山邦和)

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